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東京地方裁判所 昭和41年(行ク)28号 決定

東京都大田区大森本町一丁目九番九号東海荘

申立人 石原一美

被申立人 東京都大田区東福祉事務所長 三森淳男

右被申立人指定代理人 門倉剛

嶋本全宏

右申立人は、被申立人を相手として保護廃止処分取消請求に係る訴えを提起し(当裁判所昭和四一年(行ウ)第五八号事件)、その判決確定まで右保護廃止処分の効力を停止する旨の決定を求めたので、当裁判所は、当事者の意見と聞いたうえ、次のとおり決定する。

主文

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

(申立理由の要旨)

申立人は、生活保護法にいう要保護者として、昭和三七年一〇月五日以降同法に定める生活扶助及び住宅扶助等の保護を受け、昭和四一年五月当時において、右保護は生活扶助金額七九四一円及び住宅扶助金額五〇〇〇円(いずれも月額)の金銭給付によるものであったところ、突然昭和四一年六月四日に被申立人から同年五月一七日をもって右保護を廃止する旨の同年六月一日付通知書の送達を受けた。

本件保護廃止処分は、申立人が処分当時において現金四万一六七円及び割引商工債券金額三五万円を所有していたことが確認されたから、要保護者たる申立人につきもはや保護を必要としなくなったときに該当するとして行なわれたものである。しかし、申立人は、現に右債券を所有する者でもなく、現金とて申立人の一箇月の需要額にもなお不足する程度しか持っていないし、引き続き保護を必要とする状態にあることにかわりはない。したがって、本件保護廃止処分は、もとより違法であって、取消しを免れないものというべきである。

そして、申立人は、昭和三三年海上自衛官を分限免職により退いていらい、無資産、無収入の失業者で、扶養関係も排除されたまま現在に至り、貸室の賃料も不払いの窮状にあるものであるから、本件保護廃止処分にもとづき昭和四一年五月一七日以降申立人につきその生活保護を絶つことによって生ずる損害はおよそ回復することのできない性質のものであり、右損害を避けるため緊急の必要があることもさらに多くいうをまたないところである。そこで、本件保護廃止処分の取消請求に係る本案訴訟(当裁判所昭和四一年(行ウ)第五八号事件)の判決確定まで、本件保護廃止処分の効力を停止する旨の決定を求める。

(当裁判所の判断)

被申立人が申立人について昭和三七年一〇月五日付をもって生活保護法による生活扶助及び住宅扶助等の保護を開始したが、昭和四一年六月四日に申立人に対して同年五月一七日をもって右保護を廃止する旨の同年六月一日付通知書を交付したこと、本件保護廃止処分当時の保護の種類及び範囲が生活扶助金額七九四一円、住宅扶助金額五〇〇〇円(いずれも月額)の金銭給付によるものであったことは、いずれも、疎明によって明らかである。

そうすると、申立人は、本件保護廃止処分によって、一箇月につき金額一万二九四一円に相当する金銭的損失をこうむるにいたるべきものであるところ、申立人が本件保護廃止処分当時になお保護を必要とする状態にある場合においては、月額一万二九四一円の金銭給付による生活保護を絶たれることによって申立人につき生ずる損害は、もはや月額一万二九四一円の金銭をもって償い得るものにとどまらないこととなろう。

ところが、疎明によると、申立人は、昭和四一年五月一六日当時において現金四万一六七円を所有しているほか、第一九〇回割引商工債券金額三五万円を所有していること、右債券は、申立人が同年二月二一日にその所有に係る割引不動産債券金額四〇万円を売却して、額面同額の第一九〇回割引商工債券四〇口にいわゆる乗替をし、同年四月一八日にその一部五口を売却して金額四万七〇九一円を収受したうえ、残三五口をもって大和証券株式会社取扱い運用預りに供したものであること、申立人に対する住居侵入被告事件についての訴訟費用の調達に迫られ、申立人は同年六月二日に右運用預りに係る債券三五口を売却して得た金三三万二〇五一円から保釈保証金一〇万円及び弁護士(私選弁護人)費用金一〇万円を支出してなお残金一三万二〇五一円を収受していたこと、申立人は同年七月八日に保釈取消にあい、再び勾留されるにいたったが、そのさい現金約一四万七〇〇〇円を所有していたことなどの各事実がいちおう認められるから、特別の事情の認めるべきものがないかぎり、申立人は、本件保護廃止処分当時においては、保護を必要とする状態にある者ではないというべきである。このような場合において、本件保護廃止処分により申立人につき生ずる損害は、単に月額一万二九四一円の割合による金銭的損失たるにとどまり、およそ回復困難な損害であるとはいえないものといわなければならない。ほかに、本件保護廃止処分により申立人につき回復困難な損害が生ずることを認めるに足りる疎明資料はみあたらない。

よって、本件申立ては、すでに理由がないことが明らかであるから、これを却下し、申立費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 緒方節郎 裁判官 中川幹郎 裁判官 前川鉄郎)

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